大阪大学の特許技術「WT1」を東海地区で唯一使用可能な施設/セレンクリニック名古屋 - 厚生労働省登録の細胞培養加工施設(施設番号:FC4140013)-

医療法人社団 医創会 セレンクリニック名古屋 - がん免疫療法 “樹状細胞ワクチン療法” クリニック

お問い合わせ・医療相談・資料請求

052-238-3525

診療時間:10時~17時 休診日:日曜・祝日・第2,4,5土曜日

文字サイズ
小
中
大

ホーム > ニュース&トピックス > 平成29年

ニュース&トピックス

ニュース&トピックス 平成29年

患者さまインタビュー シリーズ3 (大腸がん・前立腺がん) - 平成29年11月3日

患者さまインタビュー vol.07

主治医から大腸癌ステージ4と診断されたときには「まさか自分が癌になるとは・・」と悔しさがこみ上げてきたそうですが、抗癌剤と樹状細胞ワクチンを併用することにより、大腸癌と肝臓へ転移した癌が消失しました。現在は抗癌剤のペースを落としながら元気に過ごしています。GHさんに治療の経過やご自身の選択についてお聞きしました。

GHさんの治療の経緯

まさか自分が癌になるとは思ってもいなかった

私が癌と診断される前に感じたのは気持ち悪さです。風邪を引いたような寒気が出てきたり、ご飯を食べても胸のあたりがなんだか気持ち悪かったんです。近くの病院に行ったら、大腸癌のステージ4と診断されました。診断された時はショックというか、びっくりでした。まさか自分が癌になるとは思ってもいなかったのですから。不安とかよりも、なんでこんなふうになったのかしら、と悔しかったです。

私には夫と娘がいるんですけど、2人の前で1回だけ泣きました。誰にあたってもしょうがないんです。でも本当に悔しかったですね。

GHさん

抗癌剤はやめようかと思った

主治医からは抗癌剤を受けなければ約半年の命だと言われました。はじめは抗癌剤をやめようと思っていたんです。抗癌剤ってテレビでしか見たことがないですし、「抗癌剤をやってもしょうがないや」と思っていました。でも、周りの友達から「抗癌剤はやった方がいいよ。」と言われましたし、小さい孫の成長も見ていきたいから、先生に言われたとおりに抗癌剤を受けることにしました。私の場合は抗癌剤の副作用が少なかったようです。抗癌剤を受けた当日は多少えらいのですが、翌日には回復していきました。でも白血球が下がりやすいようなので、無理せずに抗癌剤を休み休み続けていきました。だいたい1回おきくらいになることも多かったですね。

樹状細胞ワクチン療法は友達が教えてくれたんです。家から通いやすかったですし、主治医も免疫治療に理解をしてくれて反対はされなかったので、すごく良かったです。

普段通りの生活を心がけた

私には2人の娘がいるんです。1人はまだ嫁に行っていないので気がかりですが、「娘はもう大人になっているし、私がいなくなってもしょうがないかな」と思っているので、それほど心配はありませんでした。体調もえらいなと思ったら無理しないようにしたし、食事も普通通りのまま食べるようにしました。いろいろ食事療法の本がありますが、全然気にしませんでした。朝昼晩のご飯をしっかり食べるようにして普段通りの生活をするように心がけました。特別気をつけていた事といったら、風邪をひかないように気をつけていたということでしょうか。おかげさまで、大腸癌と診断されてから2年ですけど、風邪はひいてないんですよ。

一番やさしい主人に支えられて

私には兄弟がいてすごく心配してくれているんです。あと、何でも話せる昔からの友達がいるから、いろいろと相談にのってもらいましたし、不安な気持ちを聞いてくれました。おかげさまでストレスが発散できましたね。聞いてくれる方はどう思っているかわからないですけど、不安のはけ口になってくれたので本当に助かりました。

あと、一番やさしい主人に支えられたのが本当に大きかったです。主人も前立腺癌をやっているんですけど、私が病院に行くときにはいつも主人が付き添ってくれるんです。私はすぐにマイナス思考になってしまうんですが、主人が支えてくれたおかげでマイナス思考にならずにすみました。主人の支えが一番大きかったですね。本当に感謝していますし、主人の支えを想ったら感謝で涙が溢れてきます。おかげさまで、今では肝臓も大腸も癌が消えてしまっているので、抗癌剤はペースを落としながら続けています。つい最近も主治医や主人は「そろそろ抗癌剤をやったら?」と言ってくれますが、私は出来るだけ抗癌剤をやらずに様子を見ていきたいんですよ。また今度、病院に行った時に主治医と相談してきます。

早期発見を心がけてほしい

私が他の方にアドバイスをするとしたら、「定期的にきちんと検査をして欲しい」ということですね。私は体の調子がおかしくなってから検査したら癌と言われましたが、もっと早く発見してステージⅠで見つけた方がいいですよね。私なんて今まで何にも気をつけてきませんでしたが、やっぱり皆さんには早く発見して欲しいです。

セレンクリニック小林先生のコメント

GH様のように「肝臓への転移巣」と「大腸の原発巣」が消失する例は非常に珍しいようです。私も外科医時代に抗癌剤でここまで癌が消えた例は見たことがありませんでした。GH様の免疫機能検査を確認すると、癌だけを攻撃する免疫細胞(WT1特異的CTL)が通常の10倍以上に上昇していることが確認されたので、抗癌剤の作用に免疫治療も貢献できたのではないかと推測しています。GH様はネガティブ思考でしたが、周りの支えにより前向きに考えることができるようになったことも免疫に良かったのでしょう。なかでも旦那様の支えが免疫には一番良かったのかもしれません。

患者さまインタビュー vol.08 理屈に合った治療を選択して あれこれ考えすぎず天寿を全うするまで元気に過ごしていきたい

主治医から多発骨転移を伴う前立腺癌(ステージ4)と診断されましたが、副作用が少なく、理屈に合った治療を探して樹状細胞ワクチン療法を開始しました。現在はPSAが緩やかに上昇していますが、ホルモン治療と樹状細胞ワクチン療法で元気に日常生活を送られています。そんなIH様の治療の経過やご自身の選択についてお聞きしました。

IHさんの治療の経緯

検査をしてみたら

私が前立腺癌の検査をしてみようと思ったのは、娘の義理の父親が前立腺癌の手術を受けると聞いたからです。それなら、自分も検査してみようと思って、近くの医者で検査してもらったら、PSAが300を超えていました。先生からは「立派な癌です」と言われてしまいました。骨にもたくさん転移していたので、手術や放射線治療ができない、ホルモン治療しか方法がなかったそうです。

主治医の勧めてくれたホルモン治療や去勢手術を受けたら、PSAが低下して正常値になりました。その後はカソデックスというホルモン治療で治療をしていましたが、2-3年でPSAが再上昇してきてしまいました。再燃っていうんですね。
ホルモン治療は次のオダインへ変わりましたが、かゆみのために中止になってしまい「さぁどうしようかな」といろいろ調べているうちに、樹状細胞ワクチン療法を知ったんです。

IHさん

癌と診断された時には

癌と診断された時には「大変だな」と思いました。でも症状もないし、主治医の話や医学書を読んでもすぐ死んじゃうわけでもなさそうだから、「まぁ、そんなもんかな」という感じでした。年齢も75歳だったので、それほど落ち込むことはなかったです。

樹状細胞ワクチン療法を知ったきっかけは、たまたまNHKで久留米大学のペプチドワクチンの特集の番組を見たことです。同じような治療が受けられないかインターネットで調べたら、近くで樹状細胞ワクチンを受けられると知ったので、それなら受けてみようかなと思いました。主治医は若かったのでわりと抵抗なく、樹状細胞ワクチンの理解が得られたので良かったです。もっと上のベテランの部長先生だったら難しかったかもしれません。

出来るだけ抗癌剤はやりたくなかった

主治医からは「PSAが10を超えたら抗癌剤だよ」と言われていました。でも、僕は出来るだけ抗癌剤はやりたくなかったんです。年齢のこともありますし、副作用が怖かったですしね。それに、薬のデータをみても数か月延命ができる程度みたいなので、苦しい思いをしてまで抗癌剤を受けたくないと思っていました。だから、僕は自分で副作用の少ない治療を選択したんです。

おかげさまで樹状細胞ワクチンを開始してからPSAの上昇は緩やかになりましたし、どんどん樹状細胞ワクチンに使える新しい人工抗原が出てきて新しい治療を受けることができたので、ギリギリのところで10を超えずに済んでいました。前は、PSAが10近くまで上がった時に新しいワクチンを始めたら、一気に3まで低下しましたよ。これをみた主治医は少しは樹状細胞ワクチンを見直してくれて、「ワクチンも効くかもしれないから、続けることには賛成しますよ」と言ってくれるようになりました。

現在は骨盤のリンパ節の転移が少しずつ大きくなっていますし、PSAも10を超え始めています。でも、骨の転移はずっと変化なくPSAも横ばいです。症状もないし元気にしているから、「まぁいいんじゃないの」と思っています。主治医からは新しいホルモンの薬を勧められていますが、できるだけあとにとっておきたいので、もうしばらくは免疫治療で様子を見ていきたいと思っています。

理屈に合った治療を受けて、あれこれ考えない

私と同年代の直木賞作家である渡辺淳一さんが前立腺癌で亡くなりましたよね。僕と同じ病気だから気にしていたんですけど、亡くなる1年前には車椅子で過ごしている姿がテレビに映っていました。逆に僕は全然 症状がなくて普通に歩けるので、前立腺癌の最期はどんな感じなのかイメージが湧かないんです。無理に生き延びたいと思わないけど、死ぬ時には心臓がぽつっと止まって、楽に死にたいなぁと思いますね。

僕はどちらかというと、検査結果に一喜一憂します。人間だからしょうがないですよね。日常生活で気をつけたことはなんでしょう。特にこれっていうものはないですね。

運動といえばゴルフを時々やるくらいです。あとは今も毎日 自分で車を運転して2つの自分の会社に行っているので、けっこう歩いていると思います。月に1-2回はマージャンもしていますが、同年代の相手がだんだんといなくなってきているので、最近は若い人に参加してもらっていますね。

食事は何も気をつけていません。「食べたいものを食べた方がいいだろう」と考えて、本屋にある食事療法などはやっていません。コレステロールは少し高めですが、だんだんと気にならなくなって薬もやめてしまいました。ビール、日本酒、ワインなどのお酒もいただいていますよ。量はだいたい1合くらいです。親戚はいろいろな「癌に効く」という商品を勧めてくれますが、私は受け身のために断りきれないのでサンプルだけは飲むけど、継続はしていませんね。

いろいろな治療がありますが僕は理屈に合った治療がいいと思うんですよ。その中でも樹状細胞ワクチン療法は理屈に合っているので、僕はこれを続けています。おかげさまで、今はあれこれ考えずに生活できていますね。僕にとって樹状細胞ワクチン療法は体に合っていたんじゃないかと思います。PSAは完全に正常化してはいないけど、健康な体で過ごすことができていますし、新しく出現する癌の発生を食い止めてくれているんじゃないでしょうか? これで前立腺癌、多発骨転移のステージ4と診断されてから9年間元気に過ごせています。樹状細胞ワクチンを開始してから5年が経ちますね。新しく作製してもらった樹状細胞ワクチンはとてもたくさん出来て、3年分くらいあるみたいなので、88歳までは元気に生きていきたいと思います。やっぱり、副作用がないのが一番ですよ。さらに延命ができればいいですよね。それに尽きると思います。

定期検査を受けてください

僕が皆さんにアドバイスするとしたら、「健康診断や人間ドック」などを健康なうちから受けてください、ということですね。近藤誠先生は「早期発見は無駄だ」と言っていますが、私はそうは思いません。早く発見できれば、癌は根治できる時代になっていますし、手遅れになってから治療を開始しても遅いと思いますよ。間違った医療情報を鵜呑みにしないで、皆さんには癌を早期発見して欲しいですね。

セレンクリニック小林先生のコメント

IH様とは樹状細胞ワクチンの初期の段階からの長い付き合いになりました。この5年のうちに樹状細胞ワクチンに使用する人工抗原が発達しており、新しい人工抗原が登場するたびにIH様に使用してきました。新しい人工抗原がその都度、治療効果を発揮してきたので、私としても非常に興味深く経過を見つめています。現在、85歳という年齢ですが、体も頭もしっかりされており、このような歳の取り方、癌との付き合い方ができることが本当に理想ではないかと感じています。まだまだ長生きしてもらい、これからの樹状細胞ワクチンの発展を実感して欲しいと思います。

お問い合わせ・ご相談

患者さまインタビュー シリーズ2 (肝臓がん・膵臓がん・胆嚢がん) - 平成29年11月2日

患者さまインタビュー vol.04 がんになっても落ち込まない 日常生活を送りながら家族と一緒にがんと付き合っていく

主治医から治療法がないと言われましたが、自分に出来る治療を調べて、家族と一緒にがんと向き合ったAAさん。家族から勧められた樹状細胞ワクチンを受けることにより、体調も回復し、現在は90歳になっても元気に自営業のお手伝いをしています。そんなAAさんに、治療の経過やご自身の選択についてお聞きしました。

AAさんの治療の経緯

おなかを圧迫してきた大きながん

もともと肝臓に異常があると先生に言われていましたが、だんだんと肝臓のあたりが膨らんできて、自分でも触ると膨らんでいるのがわかりました。主治医の所で検査をしたら、「がん」だって言われました。ただ、自分ではどっこも痛くないし、本当にがんなのか信じられませんでした。でも検査してみると すごく大きな腫瘍が肝臓にあって、腫瘍マーカーもとても高かったようです。やっぱり「がん」だったんですね。

私のような年だと、おなかにメスを入れるのが嫌だったし、手術をすると起き上がれなくなってしまうんじゃないかと不安でした。でも主治医からは腫瘍が大きすぎて手術は出来ないと言われ、抗癌剤も勧められなかったので、このまま様子をみていくことになりました。何も治療法がないと言われたので家族が心配してくれて、インターネットで色々と治療を探してくれました。その中でも樹状細胞ワクチンを家族が勧めてくれたので、やってみようかなという気持ちになりました。

AAさん

高齢でも安心して治療ができた

樹状細胞ワクチンを開始したら、だんだんとお腹の腫れが凹んできて、体調もよくなりました。ワクチンを投与した日だけは少しだるかったのですが、それ以外はどこも悪くなかったです。80歳を過ぎた私でも安心して治療が受けられたのが良かったです。おかげさまで大きな副作用もなく樹状細胞ワクチンを最後まで続けることができました。体調も良くなったし、おなかも凹んできたし、本当にがんだったのかしら?

抗癌剤を受けていないからごはんは美味しいし、とても元気なんですよ。息子たちからは、「私達よりおばあちゃんの方が元気だね。」と言われます。今でも朝から夕方までは自営業のお手伝いをしているし、時々ごはんをみんなで食べに行ってます。今の楽しみは、テレビを見たり、ラジオを聞いたりすることですね。

あまりくよくよしないで前向きに

がんと診断されても、「寿命がきたらしょうがない」と思って、くよくよしないようにしてました。なるようにしかなりませんからね。もともと落ち込まない性格だったから、それが良かったのかもしれません。かえって家族の方が心配してましたね。樹状細胞ワクチンを開始してからおなかも小さくなってきたし、体調も良かったので、がんがある事が気にならなくなってきました。やっぱり人間は元気に過ごすのが一番いいですね。身体が元気だからもう治っちゃったんじゃないかしら?

どっこも悪いところがないから、病院にいかなくなっちゃいました。なんの症状もないし、病院に行っても採血するくらいだし。息子たちなんか「このままだと、おばあちゃんは120歳まで生きるね。自分達の方が先に身体を悪くするかもね。」なんて冗談交じりで言ってきますよ。

周りに支えられて

これまでの経過を振り返って、皆さんにアドバイスするとしたらなんでしょうか。やっぱり、気持ちでしょうかね。気持ちの持ちようって本当に大事だと思います。おかげさまで、ありがたいことに本当に家族や周りの人が支えてくれているから、私は幸せに毎日を過ごすことができています。昔から私は周りの人の幸せを考えて、気持ちよく過ごしてもらえるようにしてきたからか、今は周りが一生懸命に自分の事を支えてくれています。おかげさまで、今は好きなことが出来ますし、ありがたいです。先生にも感謝しています。樹状細胞ワクチンはまだ保険治療ではないので、今は少し余裕のある人しか受けられないから頑張って保険診療にして欲しいですね。私みたいに良くなる人がどんどんと増えてくると嬉しいです。

樹状細胞ワクチン療法を担当した医師のコメント

AA様は84歳という御高齢であったために、標準治療である手術や抗癌剤が出来ない状況でした。このような高齢の方に対しても負担なく治療が出来るというのが樹状細胞ワクチンの利点の一つだと思います。不思議なことに治療が終わってから腫瘍マーカーが正常化したり、腹囲が低下してきました。これは長期に渡り免疫が記憶されるという特徴を持つ樹状細胞ワクチンが、治療後も効果を維持している事を示しているのかもしれません。

患者さまインタビュー vol.05

主治医から膵臓癌のステージ4と言われながらも "なるようになる" と気持ちを切り替えて、最善の治療を自分で調べてがんと向き合ったHHさん。自分で探した樹状細胞ワクチンを受けることにより、長期にわたり膵臓癌が縮小したままコントロールされています。現在は抗癌剤を受けながら家庭菜園やボーリングなどで自分の時間を楽しんで過ごしています。そんなHHさんに、治療の経過やご自身の選択についてお聞きしました。

HHさんの治療の経緯

ステージ4と診断されても

主治医から膵臓癌のステージ4と言われたときに、自分は落ち込まなかったですね。 "なるようになるさ"と思いました。それよりも家内の方があわてふためいちゃって大変でした。自分はこれまでやることはやってきたし、今さら癌と診断されても受け入れようと思いましたよ。普通は落ち込んだりするんでしょうけどね。

HHさん

自分にできる最善の治療を調べてなんでもチャレンジ

落ち込まないと言っても、癌の治療をあきらめたわけじゃないですよ。わたしは自分ができる治療をネットで色々と調べました。手術も考えていたので、手術が有名な病院を調べて、そちらの病院へ転院しました。それに陽子線治療や重粒子線治療なども自分にできるか調べましたね。やっぱりできる治療はやりたかったので。

樹状細胞ワクチン療法の事は知っていました。実は家内も乳癌を患っていて、信州大学で樹状細胞ワクチンを受けていたんですよ。ただ、家から信州大学まですごく遠いので私は家の近くで同じ治療を受けることができるセレンクリニック名古屋を選んだんです。

主治医からのアドバイスを聞いて受けようと決めた

私が樹状細胞ワクチン治療を知った当時は、まだ免疫治療がここまで注目されていませんでした。普通は樹状細胞ワクチンを受けたいと言ったら主治医はいい顔をしないだろうなと思っていましたが、主治医は思いのほか賛成してくれたんです。その先生は免疫治療についての知識が多少あったようです。そして、その時に「樹状細胞ワクチンが保険診療になるなら膵臓癌からだろう。」と教えてくれました。この言葉が私を後押ししてくれて樹状細胞ワクチン治療法を受けようと決めました。

家庭菜園やボーリングが楽しめる毎日

いろんな治療が良く効いて、おかげさまで今は趣味の家庭菜園やボーリングをして楽しんでいます。仲間からは「お前、本当に癌なのか?」と不思議がられます。今も抗癌剤はジェムザールというものだけを続けていますが、副作用はほとんどないですね。身体は元気だし本当に癌だったんでしょうか?でも、診断されたときには顕微鏡の検査で「膵臓癌」と診断されているので、やっぱり癌だったんでしょうね。

いまは本当に普通の生活が出来ています。時々遅くまでボーリングをしてしまい、朝起きるのが遅くなることもありますし、お酒も飲んでいます。始めの頃は「お酒はいかん、あれを食べちゃいかん、規則正しい生活をしなきゃいかん。」と言われて大変でした。今は好きなことをしてストレスなく過ごすことが出来ています。食事についてはほとんど気にせずに何でも食べています。いっとき、本に書いてある食事療法も考えましたが、自分が続けられる自信がなかったのでやっていません。私はこんなに元気に過ごせているので、自分にとって食事療法はあまり関係なかったかもしれませんね。

主治医は免疫治療の効果を認めたがらない

何人か主治医は変わっていますが、膵臓癌のステージ4で3年6カ月も生存しているにもかかわらず、今の主治医もなかなか免疫治療の効果を認めたがらないですね。ただ、最近は主治医が「自分たちは免疫治療が良かったとは言えない。」「誤診だったと思うくらい良い経過ですね。」と話をされます。公的な病院の先生なので立場上、免疫治療を認める訳にはいかないでしょうけど、暗に免疫治療の効果を認めてくれているようです。

私も樹状細胞ワクチンを受けて良かったかどうか自分では判断できませんが、普通の膵臓癌のデータと比べてみると、樹状細胞ワクチンがやっぱり効いているんでしょうね。

落ち込むのが一番いけない

これまでを振り返って、やっぱり落ち込むのが一番いかんですね。私はできるだけ落ち込まないように心掛けてきました。ここのクリニックに来て先生と話をしてストレス解消していくのもよかったし、周りの仲間とのつながりも大きかったです。

あと、「癌は治るもんだ。」と思いこむことも大事だと思います。ただ、ちゃんとやるべきことをやらないとダメです。がん放置療法というものもあるようですね。確かに楽かもしれませんが、何も治療をしないのであれば「癌が治る。」という気持ちを保つことはできませんよね。

その他、皆さんにアドバイスするとしたら「意識して食べること」です。私は放射線をかけている時も意識してご飯を食べるようにしていました。放射線をかける前にはしっかりと食事をしてから受けていましたよ。やっぱり、人間はしっかりと食べることができないと弱っていきますからね。

今は本当に調子がいいので癌で死ぬというイメージが持てないくらいです。残っている樹状細胞ワクチンはセレンクリニック名古屋で保管してもらっていますが、半年ごとくらいにゆっくりと続けていこうと思っていますよ。

セレンクリニック小林先生のコメント

HH様の言葉で最も印象深いのは、"なるようになるさ。でもあきらめたわけじゃなく、できる治療を調べて最善を尽くす。"という言葉です。
人間は経験したことがないことについて不安に思いますし、頭の中で一生懸命考えますが、癌との戦いは先が見えないものです。そのため、いくら考えても答えが見つからず、常にネガティブな感情のまま闘病をすることになってしまいます。このような状態は免疫にとって良いとは言えません。HH様のように、少し気持ちを切り替えつつ自分にできる最善の方法を調べてチャレンジするというのが癌とのいい付き合い方なのかもしれません。

患者さまインタビュー vol.04 子供の成人式に元気な姿で参加できるようにかっこいい

主治医から「胆嚢癌のステージ4で余命が12か月」と宣告されましたが、自分の理想とする "生きざま"を追い求めて癌と上手に付き合ったITさん。奥様が勧めてくれた樹状細胞ワクチンを受けながら自然治癒力を最大限に向上させることにより癌が消失していきました。現在は抗癌剤を行わずに元気に過ごしています。治療の経過やご自身の選択についてお聞きしました。

ITさんの治療の経緯

胆嚢癌で12か月の余命と言われた

2015年の2月に腹部膨満感が出現してきたので、近くの医者に行って採血をしたら、数値がおかしいから1秒でも早く総合病院に行くように言われましたね。

よくわからないまま入院になって、絶飲食になりましたよ。腹水の検査や管の検査などいろんな検査をして、内科の先生に「胆嚢癌ステージ4で、余命は12か月」と告知されました。言われた時は、一秒ほど目の前が白くなりましたが、「あっ、そう」という感じでした。ほとんど落ち込まなかったですね。検査して告知されるまでの日にちが短かったのも影響しているのかもしれません。

告知をされて落ち込むよりも、「さぁ、やる事が多いぞ!」と思って終活を始めました。

ITさん

子供の成人式には元気な姿で参加したい

ちょうど子供の成人式が10か月後にひかえていたので、仕事ができるような元気な状態で参加しようと決めました。心筋梗塞があるので大学病院で治療することになり、主治医と治療について相談した結果、主治医からは手術をしても生きていけないかもしれないので、手術はお勧めをしないと言われ、抗癌剤を開始することにしました。

抗癌剤は延命治療と言われていて、いろんな意見があるようですけど、僕は別に拒否をしませんでした。何かあればすぐにやめればいいやと思っていましたし、どちらかというと「抗癌剤ってどんなもんだろう?」という感じで始めました。最初の2回はなんともなかったんですが、3回目の抗癌剤で口内炎が強く出現したり、白血球が落ちたので、抗癌剤は思っていた通りに止めました。

自分でできることは何でもやった

僕は抗癌剤での延命治療を止めて自己治癒力を高めることを目指しました。例えば、体温を上げるために陶板浴に行ったり、酵素もいただきました。食事では甘いものや油をやめましたし、白米を玄米に変えました。食事は家内がとてもよくしてくれたのでありがたかったですね。あとは運動ですね。地元の患者会で恒例行事になっている「ホノルルマラソン」に参加しようと決めて、何も考えずに目的に向かって一心不乱に練習しました。手術や抗癌剤の影響がなかったので運動することそのものは辛くなかったですね。ホノルルマラソンではゴールした瞬間に体が震えるような感動で溢れて、涙が止まらなくなりました。

樹状細胞ワクチンは家内が調べたんです。いろいろ調べてここに決めたようです。できる治療があれば自分でできることは何でもやろうと思っていたので、セレンさんでお世話になることにしました。

生き様も死に様も自分の意志で決める

僕は癌と宣告されたときに「人間はいつか死ぬんだから、かっこいい生き様を貫いていきたい、生き様も死に様も自分の意志で決めよう。」と思いましたね。娘の成人式にちゃんと仕事ができるような状態で参加したかったので、抗癌剤で弱っていくのは避けたかったですしね。

死ぬのは怖くないし、死に対する覚悟もありました。むしろ癌が消えて元気になった今の方が怖いですよ。命をもらいましたからね。だからちゃんと死ぬために生きていきたいと思います。

家族のサポートがありがたかった

振り返ってみて家族のサポートは本当にありがたかったですね。家内はいろんな人の助言を聞いてくれたり、治療の情報を探してくれたりしてくれました。子供は変に気をつかったり、プレッシャーを与えないように、いつも通りわがままでいてくれました。おかげさまで自然体のまま家族で過ごすことができています。家族もそうですけど、いろんな巡りあわせもあって、私は本当に生かされているんだと感謝の気持ちでいっぱいです。

自分の人生を振り返るチャンスを与えてもらった

僕は癌になって「自分の人生も全て振り返るチャンスを与えてもらった。」と思いますね。今は自分が癌だったこともカミングアウトして、周りの皆さんに感謝しながら生きています。男の人って、会社で働いているから役職とか社会的地位をすごく気にしますよね。だから癌になってもあまり自分の病気のことを言いたがらないんです。でも、がんサバイバーはがんサバイバー同士じゃなきゃわからないこともあるし、同じ境遇の仲間と話をすることで救われることもあるんです。だから、そういうコミュニティや患者会などに参加した方がいいと思うんですけど、男の人はその一歩が踏み出せないんですよ。僕は変なプライドは捨てて「子供のような純真な心」を持って、病気も隠さずに癌と向き合うことが大切だと思いますよ。僕は癌と向き合うときに大切なことは、「気持ち7割、運動・食事3割」だと思います。一人で悩まずに一歩外へ踏み出してみたらどうでしょうか?

僕はもう一つ、気持ちをコントロールするのによかったのが樹状細胞ワクチンです。ワクチンを打つとか効果とかうんぬんよりも、小林先生と話をする時間が自分の安心につながりました。先生には包み隠さず話をしてきましたから、それも良かったように感じます。

癌患者の皆さん、がんばりすぎないでください

僕は自分のできる範囲の治療をしてきました。決して無理はしていません。僕が他の癌患者さんにアドバイスするとしたら、「がんばりすぎないでください。」ということです。諦めてくださいという意味ではなく、無理をしすぎず、過度の期待を持ちすぎずに過ごした方がいいということです。

日本の医療では一人ひとりにのっとった治療は無理なんですよ。病気自体は診れるかもしれないけど、一人ひとりの生き様を十分に理解して、患者さんに寄り添いあいながら治療することは時間的にも人数的にも無理なんですね。だから、患者さんの心の救いも含めて満足を期待しすぎない方がいいんです。それが悪いとか良いとかじゃなく、どうしても医療者と患者さんの乖離ができてしまうという、今の日本の医療の現実をよくわかった上で治療を進めていった方がいいんだと思います。

あと、もう一つアドバイスしたいのですが、あまり医師や看護師に気をつかいすぎないようにしてください。患者さんは嫌われないように頑張りすぎちゃっていますよ。怒らせちゃったら治療をしてくれないんじゃないかと怖がっちゃってね。僕はむしろ、医師が看護師の方が患者さんに気を使うべきだと思いますよ。医師や看護師が治療をするのは仕事なんですから。

次の目標はホノルルマラソン

今年もホノルルマラソンに行くように準備をしています。今年は僕の命をつないでくれたホノルルマラソンに「ありがとう」ってお礼をしに行くんですよ。あとはこのように頂いた命をちゃんと全うできるように、そしてちゃんと死ぬために"自分の生き様"を大切にして生きていきたいですね。主治医からは検査をしても異常がないから「西洋医学的にはありえない。」と言われていますが、免疫治療をはじめ、温熱療法、食事、運動など自己免疫力を信じ"親に頂いた命、使い切るまで死んでたまるか"という気持ちで頑張ってきました。これからも力を抜いて頑張ります。

セレンクリニック小林先生のコメント

IT様の言葉で最も印象深いのは、「がんサバイバーのことは、がんサバイバーじゃないと分からない。」という言葉です。家族のような近い存在でも、患者様の奥にある気持ちや考えはどうやっても理解ができないのかもしれません。私たち医師はより一層、理解ができていないのでしょう。しかし、「気持ちが7割」と表現されているように、いかに気持ちをこのトロールするかは癌治療において非常に重要だと思います。IT様のような胆嚢癌ステージ4の方で、抗癌剤を3回投与、ワクチンを11回投与で癌が消えることは非常に珍しいので、これらの治療以外の作用が働いたと感じています。まだ自己治癒力と癌の関係について科学的に解明はされていませんが、このような自己治癒力の向上は、免疫治療だけでなく抗癌剤治療においても重要な位置を占めるようになるかもしれません。

患者さまインタビュー シリーズ1 (子宮がん・大腸がん・食道がん) - 平成29年11月1日

患者さまインタビュー vol.01 余命宣告から3年、がんと共に私らしく生きる

抗がん剤治療ができないほど腹水がたまってしまうという、困難な状況からがん闘病をスタートしたMさん。
「できる治療はない」と言われても諦めず、ご主人のサポートを受けながら治療法を模索し、樹状細胞ワクチン療法を治療の1つとして選択されました。現在もさまざまな治療を続けながら、お仕事にも復帰されているMさんに、これまでの治療や現在の思いを伺いました。

Mさんが樹状細胞ワクチン療法を受けるまで

胃腸風邪と思っていたら突然の余命宣告

がんの診断を受けたのは、2012年の9月のことです。私はそれまで大病をすることもなく、小さな不調でもまめに病院へ行くようにしていました。そのときも、ちょっとおなかが張って疲れやすいなと感じた時点で、すぐにかかりつけ医に診てもらったんです。

ちょうど胃腸風邪が流行っていて、風邪かなということで薬を処方してもらいました。でもそれを飲みきる前に、どんどんおなかが張ってきて、おへそも出てきて。これはちょっとおかしいと思って、こんどは大きな総合病院の時間外診療を受診しました。

最初、内科で診てもらったら、内科的にはどこも悪くないので、婦人科にかかってくださいと言われて。それで婦人科に行って内診を受けたら、バーッと出血しちゃったんです。動くと出血多量で死んでしまうから、今すぐ入院してくださいと言われました。

Mさん

でも、自分としては「ちょっと調子が悪いかな」程度で、日常生活にはまったく支障はありませんでした。「とりあえず、家に帰って準備してきていいですか?」というくらい元気。私は乗馬が趣味で、何日か前まで馬に乗って走りまわってたんですよ(笑)結局、その日から1週間、検査入院になりました。

検査してみると、がんが大きすぎて原発がどこかもわからない状態でした。ステージはIVb。末期がんですね。子宮がんだということがわかったのは後からです。

入院している間に、こんどは腹水がたまってきました。主治医には「これだけ腹水がたまったら薬も効かないし何もできない。治療をせずに、残りの時間を大切にするという選択肢もあります」と言われてしまいました。診断を受けたのは9月のなかば過ぎでしたが、「年は越せないかもしれません」と。それくらい厳しい状態でした。

腫瘍マーカーが半分ずつ下がっていった

私はもう、どうしたらいいかわからなくて。でも夫が、何かできることはないかと、インターネットでいろいろな治療法を調べてくれたんです。

まず入院中に腹水がたまってしまって、抜いてもすぐにパンパンになってしまうので、KM-CART(1)という治療を受けました。夫がその治療について調べて、主治医の先生にお願いしてやってもらったんです。3回やってもらって、腹水がたまらなくなりました。

腹水が止まったので、抗がん剤治療ができるようになりました。でも最初の抗がん剤で、アナフィキラシーショックを起こして、心肺停止になってしまったんです。なんとか一命をとりとめましたが、とにかく残された時間が少ないので、1週間後に次の薬を試すことになりました。幸い、次の抗がん剤がとても合っていたようで、腫瘍マーカーが下がってきました。

樹状細胞ワクチン療法を始めたのは、この抗がん剤治療の間ですね。樹状細胞ワクチン療法のことは、夫があらかじめ調べておりましたので、腹水が止まった時点ですぐセレンクリニック名古屋に相談したんです。

ちょうど腫瘍マーカーが下がっているところで、ワクチンもよく効いた感触がありました。マーカーの数値が、だいたい半分ずつ下がっていったんです。1000が500、500が180、みたいな感じで。それが2桁になって、最終的には正常範囲内になりました。

その間にがんも小さくなったので、卵巣と子宮を摘出する手術を受けました。私のがんステージは、診断された時点でもうⅣbで、取ったからといって治るわけではないから、基本的に手術はしないんですね。でもがん細胞が採れると、次回の樹状細胞ワクチン療法にも使えるというので(2)、主治医の先生にお願いしたんです。

すると、おなかを開けてみたら、腹膜にある「がん」がドロドロになっていて。抗がん剤やワクチンで、がん細胞が死んでいたんです。先生が手で、組織を掻き出してくれたんだそうです。主治医の先生にも協力していただいて、自分のがん細胞でワクチンをつくることができました。

腹水が止まらなかったら抗がん剤は効かなかったでしょうし、抗がん剤治療ができなければ、樹状細胞ワクチン療法もできなかった。ほんとうにいいタイミングで、最適な治療を受けられたんだと思います。

がんと共存しながら、いつもと同じ生活を送る

いろいろな治療を受けてきましたが、最初の1年間は、とにかくどうしたらいいかわかりませんでした。夫が治療法を探してくれたので、言われるままに治療をして、どうしたら体力を戻せるか、どうしたら楽になるか、それだけ考えて過ごしてきた感じです。

それが、1年を過ぎると気持ちに変化が出てきました。「私はもうだめなんだ、死ぬんだ。だから放っておいて」という気持ちだったのが、「私はがんだから、みんな助けてね」と言えるようになってきたんです。

がんに対しても、「治さなきゃ、闘わなきゃ」ではなくて、「どうしたら共存できるのかな、がんが悪さをしないようにするにはどうしたらいいのかな」というふうに意識が変わってて、しんどかったら寝てればいいや、食べたくなかったら食べなくてもいいや、普通に暮らしていくのがいちばん楽だなって。いい意味で力が抜けた感じですね。

今のところ、再発はありません。免疫ががんを抑えてくれていると感じています。ステージⅣbで手術をしたりすると、体力が落ちて全身にがんが広がってしまうということもあるみたいですが、そういうこともないので、やっぱり免疫ががんばってくれてるのかな。

今は樹状細胞ワクチン療法を続けながら、温熱療法や漢方なども取り入れて、積極的に治療を受けています。午前中は家事をしたり、本を読んだりして、午後からは仕事に出て。普通に暮らしていますよ。

自分の殻に閉じこもらないで

がんって、精神的に内向きになりがちな病気だと思うんです。盲腸とか肺炎とか、ほかの病気だったら、もっと気軽にああしてほしい、こうだから辛いとか言えるのに、がんだと言えない。人と結びつきを持つのが嫌になってしまうんですね。

私も、がんと診断されてから最初の1年間はそうでした。病気のことは言いたくないし、人にも聞かれたくない。でもちゃんと話さないと、適切なアドバイスをもらうことができないんですよね。自分が何を求めているのか、ちゃんと伝えられないと、医師も応えられない。

思い返してみると、私は病院との関係がとてもよくて、治療するのも「一生懸命やってくれる先生だから、やれることがあるなら試してくれてもいいわ」って気持ちでした。不安なときに話を聞いてくれる先生がいる、というのは大きな支えですし、前向きな気持ちになれます。気持ちが前向きだと、治療も効きやすい気がするんですよね。

だから、「もうダメだ」と自分の殻に閉じこもらず、外の世界とつながっていくことが大事なのかなと思います。樹状細胞ワクチン療法のような治療を、やるか、やらないかはもちろん自由ですが、こういう治療があることを、知っているか、知らないかの差は大きいですよね。外とのつながりを断ってしまうと、こういう治療について知る機会も逃してしまいます。

逆に言うと、病院の先生も「樹状細胞ワクチン療法という治療があるよ」と、教えてくれたらいいのにと思いますね。選択肢の一つとして。今は、自分で調べるとか、たまたま広告を見るとか、それくらいしか治療を知るきっかけがないですから。

このクリニックにも、手をひっぱってくれる人がいるなら来られる、という人はきっとたくさんいると思うんです。でも、自分から扉を開けて入るのは、とても勇気がいる。
だからもう少し、治療の後押しになるものがあればいいなと思うし、手をひっぱってもらう機会を逃さないためにも、外とつながり続けていくことが大事だと思います。

  1. 1 改良型CART(腹水濾過濃縮再静注法)
  2. 2 手術で取り出したがん組織を、「がんの目印」として樹状細胞に与えることができる

ご主人のコメント

私も勉強してみて、がんと闘うためにはやはり人間の免疫が必要だということがわかりました。だから、自分の免疫細胞を利用する樹状細胞ワクチン療法は、理に適っていると思います。がんは特別な病気だと思っていましたが、免疫で対抗するという意味では風邪と同じなんですね。

がんは全身病だから、手術でがんを取ったからといって完治するとは限りません。がんが再発して進行してからではなく、ステージの低いうちにやるほうがいいと思う。医師の話をただ受け身で聞くだけでなく、患者自身も、がんがどういうものかを勉強して、自分に合った治療を選択していくことが重要だと思います。

セレンクリニック小林先生のコメント

通常、腹水が貯留して食事がとれなくなると免疫は顕著に低下します。Mさんの場合はKM-CART後に免疫機能検査を実施したところ、免疫治療をする前から非常に良好な免疫状態になっていました。私はKM-CARTによる腹水コントロールで食事ができるようになったおかげで、免疫が向上して樹状細胞ワクチンが効きやすい環境になったのではないかと考えています。

気負わず、明るく治療を受けられているMさんを見ていると、私も気持ちがほぐれます。ご主人も勉強熱心で、主治医の先生も協力的なので、大変いい環境で治療ができていると感じています。

患者さまインタビュー vol.02 あきらめない。自分に合う治療に出会うまで徹底的に調べる

たとえ末期がんであっても、「生きたい」と思う気持ちを最後まで捨てず、自分に合った治療法がないか徹底的に調べて、あきらめないことが大事、と話してくださったMさん。がんと診断された時には、肺への転移が鶏卵大にまで大きくなっており、一時は抗がん剤の副作用で歩くこともできない状態になりましたが、樹状細胞ワクチン療法をはじめさまざまな治療を選択され、現在は体調も安定し奥様とご旅行を楽しまれています。そんなMさんに、治療の経過やご自身の選択についてお聞きしました。

Mさんが樹状細胞ワクチン療法を受けるまで

転移だった鶏卵代のがん

半年以上続いた咳が、体の異変に気づいたきっかけでした。喘息か、下手をすると肺炎かもしれない、とかかりつけ医でレントゲンを撮ってもらうと、胸に鶏卵大、5センチくらいの影が見えたんです。

これはちょっとよくないということで、その場で紹介状を書いていただきまして、総合病院で精密検査を受けました。結果は肺がんの疑い。しかも、全身に転移している可能性があると言われて、その時、あと半年くらいしか生きられないかも、と覚悟しましたね。5センチもある肺がんといったら、治癒率は5%くらいと聞いていましたから。

ところが診断を受けてから3日後の夜に、下腹の右の方がシクシク痛みはじめたんです。朝まで痛みが続いたら腸閉塞かもしれないぞと思い、翌朝に救急病院で診てもらいました。

Mさん

CTを撮ったらやはり影があるので、内視鏡検査を受けたら、もう完全に腸閉塞の状態になっていると。その時に初めて、原発が大腸がんだったということがわかりました。肺がんのほうは転移だったんです。診断された時点で、もう全身にがんが転移している状況でした。
大腸がん手術後にCT検査で肝転移も見つかりました。
大腸の手術をして1ヵ月後通院で抗がん剤治療を受けることになりました。ただ私の場合は転移した肺がんが大きいので、抗がん剤だけでは小さくならないのではないかと思い、標準治療以外の治療についても同時に検討を始めました。

局所的に叩くのではなく、新たにできるがんを抑える

息子に大腸がんだということを報告すると、治療を3つ紹介してくれました。重粒子線治療、陽子線治療、それからセレンクリニックの樹状細胞ワクチン療法です。

治療を選択するにあたっては、まず大学病院のホームページで治療に関する研究内容などを読みました。新聞や雑誌の、がんに関する記事も参考にしましたね。いろいろ調べていると、抗がん剤治療をしながら10年、15年生きていますという、患者さんもいることが分かり、少し希望が持てました。

最終的に樹状細胞ワクチン療法を採用した理由は、がん細胞を見つけて攻撃する、という作用がきちんと説明されていたからです。私は全身にがんが転移しているような状況だったので、陽子線や重粒子線で、がんを局所的に叩いてもダメだと思いました。

抗がん剤も、ある程度の期間続けると、耐性ができて効かなくなることがあります。だから長期的に考えても、免疫療法でがんと闘う兵隊を増やして、新たにできるがんを抑えることが、私のケースでは有効だと判断しました。

樹状細胞を発見したアメリカの博士(1)が、実際に樹状細胞を使った免疫療法で自分のすい臓がんを治療していたという事実を知ったことも、決断の大きなきっかけになりました。余命1年というところを4年以上生きて、それでノーベル賞も授与されたわけですから、これは信頼できる治療だなと思いました。

調べていくうちに、ある程度健康なうちに始めたほうが治療の効果も高いということを知って、すぐにセレンクリニックの医療相談を申し込みました。私の場合、咳以外には大きな体調の変化はなかったですし、当初は抗がん剤の副作用もほとんどありませんでしたので、自分の免疫が元気なうちに治療を始めたいと思ったからです。

それが幸いしたのか、抗がん剤を開始してから樹状細胞ワクチン療法を併用して、1ヵ月後には肝転移が消えました。大きかった肺転移のほうも、2~3ヵ月のうちに7.3センチのものが4.4センチまで縮小しまして、「こんなに効くんだ」と正直うれしかったですね。肺転移の切除手術も受けて、一時は検査で見つかるがんはなくなり、腫瘍マーカーも正常値になりました。

メリット・デメリットを知り、自分の症状にあったがん治療を選ぶ

順調に治療が進んだので、主治医から「この際、一気にがんを叩いてしまいましょう」と提案もあり、肺の手術の2ヵ月後、抗がん剤治療を再開しました。ところがこれが最初のようには効かなかった。血液検査の結果も悪くなってしまったので、抗がん剤はいったん中止になりました。

その後の検査で、肝臓と肺の転移の再発がわかりまして、今度は薬の種類を変えて抗がん剤治療をすることになりました。これが私の体には合わなかったようで、副作用で一気に体調が悪化してしまったんです。気持ちが悪いわ、下痢はするわで、食事も取れず、歩けないくらいになってしまいました。

「これじゃあ、がんの前に自分が死んでしまう、自分のやりたいことができない状態で生きていても意味がない」と思いました。主治医には反対されましたが、抗がん剤治療をやめて樹状細胞ワクチン療法1本に絞ることを自分で決断しました。

セレンクリニックの小林先生にも「投与量を調整してでも抗がん剤は続けたら」と言われましたが、自分の中に「抗がん剤で免疫を落としてしまったから、再発してしまった」という思いがありました。だから、「免疫療法の力を借りて、自分の免疫を高めて、それでがんと勝負しよう」と決めたのです。その時点ではどちらが正しいかわかりませんから、一種の賭けでしたね。

ただ転移は気になっていましたので、これについてもいろいろ調べて、肝転移に対しては「ラジオ波焼灼療法(2)」、肺転移に対しては「定位放射線治療(3)」という治療を受けました。幸いどちらも私には合っていたようで、この2つの治療と、樹状細胞ワクチン療法で、もう1年以上新しいがんは出てきていません。

私は自分の判断で抗がん剤治療をやめましたが、抗がん剤自体は否定しません。メリット・デメリットを知って、自分の体に合うと思えば続ければいいし、合わないと思ったらやめればいい。自分でそういう判断をしていくということが、大事だと思います。

自分の殻に閉じこもらないで

これまでの経過を振り返ると、がんが再発するときには兆候があって、免疫が落ちたときにがんが出てきていました。どんな治療をしていても、免疫が落ちてしまったら危ない。

だから今は、免疫を落とさないように、自分の生活をずいぶん見直しました。以前は練り製品やパンが大好きだったのですが、そういったものは控えて、外食も和食中心にしています。野菜も、妻が育てた無農薬のものを食べています。運動も心がけていますよ。肺の手術の後は、毎日2キロ歩きました。

今は体調も安定しているので、妻と二人でよく旅行に行っています。最近では大阪の造幣局に花見旅行へ行きまして、今度は東北にも行く予定です。以前から旅行は好きで、毎年必ず行っていたものですから、それが変わらずできるというのは嬉しいですね。

私ががん患者の皆さんに伝えたいのは、末期がんでもあきらめないことが大事だということです。「生きたい」と思う気持ちを最後まで捨てず、自分に合った治療法がないか徹底的に調べる。知らなければ何も始まらないですからね。

抗がん剤治療を受けるにしても、「本当にこの薬でいいのか、他の薬だったらもう少し楽になるんじゃないのか」というような視点をもって、自分で調べて、取捨選択する。もちろん医師からも、もう少し選択肢の提示があればいいなとは思いますが。

また、がん治療には家族の支えも必要ですね。私の場合は妻や息子が、一緒になって戦おうという姿勢でいてくれたので、非常に感謝しています。それがなかったら、私もここまでがんばろうという気にはならなかったかもしれない。

もうひとつは、樹状細胞ワクチン療法はなるべく早く、まだ元気に動けるうちに受けたほうがいいということ。標準治療でぎりぎりまでがんばって、他に方法がなくなってから受けるのでは遅いんです。自分の細胞から樹状細胞を育てるわけですからね。

よく免疫療法は「手術、化学療法、放射線療法に次ぐ第四の治療」と言われるわけですが、私は免疫療法こそ第一の治療だと思います。まずは免疫療法でベースを作って、それと標準治療を組みわせてがんを叩く。これが考え方としては正しいのではないかと、私は自分の経験からそう思っています。

  1. 1 ラルフ・スタインマン博士。樹状細胞の働きの発見により、2011年にノーベル賞を受賞
  2. 2 ラジオ波という高周波電流を流すことにより、がん細胞を壊死させる治療法
  3. 3 放射線治療の一つ。従来の放射線治療より正常な組織への影響を抑えることができる

奥様のコメント

末期がんの場合、主治医の提案する治療、いわゆる標準治療ですが、それをセオリー通りにやるだけでは十分でない場合も多いと思います。患者や家族ももっと勉強して、時には問題児と言われても、自分の判断を信じたほうがいいこともあります。

私も夫の病気を期に、本を読んで勉強しまして、免疫を高める食事などを心がけています。一時は食欲がなくなって心配しましたが、今は何でも食べてくれるので嬉しいですね。夫と二人、チームになってがんと闘うという気持ちで、いろいろと情報を共有しているのも、治療にいい影響があるようです。

セレンクリニック小林先生のコメント

Mさんから抗癌剤を中止すると聞いた時には正直、賛成できませんでした。樹状細胞ワクチンの効果を高めるためには抗癌剤による制御が重要だからです。ただ、Mさんの場合は抗癌剤の副作用が通常よりも強く出現していたので、結果的には抗癌剤を中止したことが良好な経過につながったと思います。その後に選択された放射線治療は、免疫を刺激して樹状細胞ワクチンと相乗効果をもたらすというデータが出てきていますので併用治療としては理想的でした。

抗がん剤に関しては賛否両論の意見がありますが、私は標準治療である抗癌剤を受けるべきだと考えています。ただ、抗がん剤の副作用で継続できない場合は、Mさんのようにラジオ波焼灼療法や定位放射線治療を上手く組み合わせて、元気に過ごすという選択肢があってもいいと思います。人それぞれ病態は異なるので、Mさんのように自分の状態に合った治療をあきらめずに模索するという姿勢が非常に大事であると、あらためて感じました。

患者さまインタビュー vol.03 先のことは考えず、まずは今日できることをやってみよう

ステージIVの食道がんで、余命3年と宣告されたIさん。「やれることはなんでもやってみよう」と、抗がん剤と併用する形で樹状細胞ワクチン療法をスタートし、2年半が経過しました。現在も治療を続けながら、趣味の釣りを楽しまれ、仕事も続けられているIさんに、治療の経過やがん治療への取り組み方について伺いました。

Iさんの治療の経緯

末期がん、でも「なるようになるか」

がんと診断されたのは、2013年の5月です。春ごろから胃がもたれるような症状が続いていたので、かかりつけ医でバリウム検査をしてもらったんです。結果が出た時点で、いきなり「がんだ」と言われました。

身内が以前勤めていた総合病院を紹介してくれたので、そちらですぐに精密検査を受けました。診断は、ステージIVの食道がん。すでに、抗がん剤治療でどこまでがんばれるか、というような状態でした。

主治医には「身のまわりの整理をして、終活をしてください」と言われました。要はもう治る見込みがないということです。ただ、私としては「考えてもしょうがない、なるようになるか」という感じで。やれることを、やれるだけやってみようと思いました。

Iさん

まずは1週間くらい入院して、抗がん剤治療を受けました。当時はがんからの出血もあって、貧血状態でした。副作用なのか、がんのせいなのかわかりませんが、そのときは食べものもおいしく感じられませんでした。

結局、最初の薬はあまり効かなかったようで、がんは進行してしまいました。肝臓に転移があることもわかったので、抗がん剤の種類を変えることになりました。

次はかなり強めの薬だったようで、血管にダメージがあるからといって、胸にCVポート()を埋め込む手術をしました。こちらもどんな副作用が出るかはわからない、と言われていたのですが、幸いだんだんと食欲も出てきて、体重も増えてきました。

点滴で栄養を入れるより、食べたいと思うものを口から食べるのが一番身になる、と主治医が言うので、貧血対策も兼ねて焼肉など食べたいものをどんどん食べていたら身になりすぎちゃって。最終的には「食べ過ぎです」と注意されてしまいました(笑)消化器系のがんだと、なかなかこういう患者はいないみたいですね。

最初は、友人の医師に相談しても「そこまで進行していたら、もうダメだ」という話でしたし、自分でも覚悟していたのですが、食べられるようになってくるとちょっと気持ちも変わってきまして。「抗がん剤でやれるところまでやろう」と腹をくくりました。

ただ抗がん剤治療には限界があって、いずれは治療が続けることができなくなるということだったので、並行して他の治療も探しはじめました。

抗がん剤の副作用から解放された

樹状細胞ワクチン療法は、妻が新聞広告を見て知りました。それで、妻の両親がセレンクリニック名古屋の説明会を聞きに行ってくれまして、じゃあやってみようかと思ったんです。

やってみようというか、抗がん剤ができなくなったら終わりですから。だから、最初から「これは効く」と思って治療を始めたわけじゃなくて、「もしかしたら効くかもしれないから、とにかくやってみよう」という感じです。

主治医には、「免疫療法のような自由診療の治療については紹介できないし、どこの病院がいいとか教えることもできないから、自分で探すしかないよ」と言われました。ですから、樹状細胞ワクチン療法をやってみる、ということだけ報告して、抗がん剤治療を続けながら治療をスタートしました。

最初のうちは、ワクチンを打った1、2日後くらいに40度近い熱が出ました。それでも、普通に食事はできていました。ワクチンを打った直後の発熱も、1ヵ月くらいで熱は出なくなりました。治療をはじめて3ヵ月くらいで抗がん剤治療ができなくなってしまったので、治療は樹状細胞ワクチン療法のみになりました。

私の場合、抗がん剤の治療自体は、幸いそれほどつらいと感じたことはありませんでした。最初の抗がん剤で食欲が落ちたくらいです。ただ、2番目の抗がん剤は、投与されると体がきしむような感じがして、爪もぼろぼろになってしまい、ずっとは続けられませんでした。

2014年1月に樹状細胞ワクチン療法を始めて、5月の検査ではがんが小さくなっていることがわかり、8月には肝転移も食道がんも見えなくなっていました。

今も3ヵ月に1回CTを撮ってもらっていますが、新しいがんは出てきていません。少しでも延命できれば、と思って始めた治療ですが、結果は予想以上でした。友人の医師も、「最初が誤診だったんじゃないの?」と言うくらい。主治医の先生も、不思議だねとしか言わないですね。

免疫を上げる生活へ

とにかく生活は意識して変えていきました。

まずはタバコです。それまで1日4箱くらい吸っていたのですが、がんと宣告された次の日から、やめました。もうぜんぜん吸う気にならなかった。あとはお酒。こちらはもともとそれほど飲んでなかったんですが、アルコールは消化器系のがんによくないというのでやめました。

食事は、もともと野菜をたくさん食べるほうだったんですが、さらに量を増やしました。サラダを食べるときは、飼ってる犬にも食べさせたりするので、ドレッシングとかはかけないで、そのまま野菜を食べています。昔から塩分には気を使ってまして、料理も薄味にしてるんです。

あとは、カロリーを落とす努力をしています。食べようと思ったらなんでも食べられるから、食べるのを我慢してるんですよ。ほんとうに、食道がんの患者でこういうのは珍しいと思うんですけどね(笑)

樹状細胞ワクチン療法を始めてから、ほとんど風邪をひかなくなりました。ひいてもすぐ治る。やっぱり、免疫力が上がったんでしょうね。だからがんになる前より、免疫というものを考えて生活するようになりました。免疫を上げるにはどうしたらいいのか、と考えたら、自然と食べるものや生活リズムに注意するようになりました。

仕事は今でも続けていますが、がんと宣告されてから、治療を優先して、部下に仕事を任せるようにしました。社長という立場なので、挨拶まわりとか、海外出張だとかが多かったのですが、一旦見送りにして会社には融通してもらい、仕事上のストレスを軽減することができて、助かりました。

考えすぎず、まずはやってみよう

がんを宣告された時にね、「余命は3年」と言われたんです。5年はもたないだろうって。当時はやっぱり、ずいぶん覚悟しました。私は釣りが趣味なんですが、これから先、大好きな釣りにどれくらい行けるんだろうと考えたりしました。

今、そろそろ宣告から3年になりますけど、そういう気持ちはなくなってきました。まだまだいけるかな、という感じで。まわりの人間も、「そういえば病気、よくなったんだ?」って。それくらい普通に生活してます。
釣りは今もよく行ってます。あまり寒いところは体によくないというので、ドーム船という、ビニールハウスの中で釣りをする感じの船で、ワカサギ釣りをしてます。仲間と一緒に。同じ趣味で楽しめる仲間がいると、ずいぶん気持ちが楽になりますね。

仕事も、病院がない日は普通に行ってます。部下とちょっとした仕事の話をするだけでも、家にいるより気が紛れます。

私は昔から、あまりくよくよ考えないほうなんです。私の場合、抗がん剤で体がつらいとか、そういうことがほとんどなかったからかもしれませんが、先の先までは考えずに、とりあえず今日、明日何ができるかを考える。がんになっても、落ちこんだり、へこんだりしても治らないから、できることをやっていこうという感じで。病は気からじゃないですけど、そういう気の持ちようはよかったのかもしれないですね。

がんという病気は、自分に合った治療をいかに早く見つけるかが大事なので、考えすぎずになんでもやってみるということも、時には必要だと思うんです。お金はかかりますけどね。ステージIVから戻ってくる方は、それほど数が多くないかもしれないですが、それでも自分に合う治療を見つけて、復活している方は必ずいると思う。

そういう方の治療の経過をいろいろ聞いてみて、それをきっかけにまた新しい治療法とか、薬ができたりすれば、また楽しみですね。

  1. 薬剤を注入するため、皮膚の下に埋め込むカテーテルの一種

セレンクリニック小林先生のコメント

Iさんは非常に良いタイミングで樹状細胞ワクチン療法を開始できたと思います。私が考える最も理想的な樹状細胞ワクチン療法の方法は、抗がん剤でがんをたたきながら樹状細胞ワクチンで免疫を強化するというやり方です。一般的に抗がん剤は免疫を落とすと考えられていますが、抗がん剤でがんが縮小すると免疫環境が良くなることが多々あり、樹状細胞ワクチンが効きやすくなります。また、がん自体が免疫を抑え込む信号を出しますので、抗がん剤でがんを制御することが免疫治療において非常に重要です。Iさんは抗がん剤と樹状細胞ワクチン療法が相乗効果をもたらしたおかげで、非常に良い状態になりました。そのため抗がん剤を中止することができ、現在も元気に過ごされています。健常人とほぼ変わらない生活を送られているので、まさに理想的な治療経過ではないかと思います。

お問い合わせ・ご相談

第28回 愛知サマーセミナーにて、当クリニックの小林正学院長が講演を行いました。 - 平成29年7月18日

2017年7月16日(日)に行われた、第28回 愛知サマーセミナーにて、当クリニック 小林正学院長が講演を行いました。

http://www.samasemi.net/2017/index.html

日時:2017年7月16日(日)2限  11時10分〜12時30分

場所:名古屋音楽大学

内容:「最先端のがん治療~免疫療法と放射線治療~」

近年、第4の治療として免疫療法(がんワクチンやチェックポイント阻害剤)が注目されており、本講義ではこれらの最先端の免疫治療と、癌だけを狙い撃ちするピンポイントの放射線治療について説明をしました。ご参加者の方々も熱心に聴いておられました。

当医療法人では、より一層の研究を重ね、より多くのがん治療でお悩みの患者様のお役に立てるよう取り組んで参ります。

第46回 日本放射線腫瘍学会「放射線による制癌シンポジウム」にて、当クリニックの小林正学院長が講演を行いました。 - 平成29年6月26日

日時:2017年6月17日(土)

場所:NUCB 名古屋商科大学ビジネススクール 名古屋キャンバス丸の内タワー

 

第46回放射線による制癌シンポジウム

・放射線と免疫

 15:20〜17:00 座長:石川仁(筑波大学)                           

・免疫放射線療法における分子メカニズム

 15:20〜16:05 河野浩二(福島県立医科大学)  

・免疫チェックポイント抗体による治療

 16:05〜16:35 武田力(大阪ガン免疫化学療法センター)

・免疫放射線療法の臨床    

 16:35〜17:00 小林正学(セレンクリニック名古屋)

当クリニックが技術提供を受けているテラ株式会社の記事広告が、本日3月16日の日経新聞12面に掲載されました。 - 平成29年3月16日

当クリニックが技術提供を受けているテラ株式会社の記事広告が、本日3月16日の日経新聞12面に掲載されました。私どもは膵臓がんをはじめとする難治性のがんの患者さんに貢献してまいります。

 

詳しくはこちらから

お問い合わせ・ご相談
このページの先頭へ戻る

がん免疫療法 “樹状細胞ワクチン療法” クリニック

〒460-0008
愛知県名古屋市中区栄四丁目14-2 久屋パークビル2F

診療時間:10時~17時
休診日:日曜・祝日・第2,4,5土曜日

お問い合わせ・医療相談・資料請求

052-238-3525

© 医創会 セレンクリニック